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大学4年間を歌声合成基準で振り返ってみる

2019.03.18(23:11) 364

今回は歌声合成の話ではなく(もないが)、私の話です。もう卒業なので。

1年目(2015)
4月:大学入学 教育系です。
 この時点で、軽音サークルに入りました。軽音サークルには大きく分けてかっこいい系と頭おかしい系がありますが、私が入ったのは大学屈指で頭おかしいところだった(入った頃には気づいていなかった)
 このころはウインドシンセとか吹いてました。この時にいろいろネットで調べながらDTMの基礎知識を学びました。周りにDTMERいなかった。

それからしばらく普通に忙しく大学生活をスタートする。

10月:秋学期開始 パソコンサークルに入る
 とりあえず入りました。この年はほぼ何もしていない。
 実は、このタイミングでボカロ部があることに気づいたので、参加しようとアポを取ったのですが、その後連絡がなかったのでまだ入ってません。

11月:軽音のほうでステージに上がりました
 充実感はすごい。これくらいの時期にVOCALOID4結月ゆかりコンプリート(Editor付き)を買いました。Aspとか全く知らないので全然調声できなくてちょっと心折れかけてました。

3月:京都ボカロ合同に一般参加しました
 同人イベントに初めて行ったので勝手はわからなかったけど、楽しさはなんとなくわかった。何も買わなかったし、うちのボカロ部のブースは見落とした。

2年目(2016)
4月:やっとボカロ部に入る
 春の新歓でボカロ部に入りました。このころはまだボカロそんなに詳しくなくて「ボカロ部って言うんだから多分今の知識量で入ったら全然ついていけないんじゃないか?」とビビり散らした結果、とりあえず当時発売されていたボカロ全部覚えて、何となく有名どころの曲を聞いておいて、UTAU音源も初めて単独音を作ってみたりしました。結果、ボカロ部に入ってみると、そこまでガチじゃなかったッぽくて盛大に空回りしました。
 UTAUスターターパックをAmazonで買って、それを読みながらUTAUの基礎を学びました。UTAU音源を作ろうとなぜか思ってから、いろいろ検索しているとこの本にたどり着いたので、それ以降はもうほぼすべてこの本で勉強しました。UTAUは高校3年の受験終わったくらいにちょっと触って全く意味わからずに挫折して投げていたので、このときが2度目の挑戦です。

6月:世界VOCALOID大会に応募
 今思うとかなり無謀ですが、世界VOCALOID大会というのがあると知ったので、企画を出しました。「知った→やる」という短絡さが私の売りの一つ。ボカロ部のほうでも参加者を募ったのですが、いまいち興味を持つ人がいなかったので、単身乗り込みです。とりあえずUTAU企画を練ってとりあえず出しました。UTAUの人々は急に謎の人物「くろ州(大学ボカロ部)」がUTAU企画出してきて盛大にビビったことでしょう。
 このころから大学を盛大にさぼりがちになります。週5で1日4時間スーパーで働きました。結果そこそこ稼ぎましたが、単位はほぼすべて落としました。
 夏休みは大会の準備と打ち合わせの日々です。パワポ作って、音声作って。サークルの人に向けて模擬講座やって時間調整したりもしました。
 「企画を出すのに動画を全く出してないのってどうなの?」と思ったので、本番の数日前にニコ動に初めて動画投稿をしました。このころちょうどVOCALOID4がアップデートして、別々のキャラの間でクロスシンセシスできるようになったので、それで遊んだ動画を出しました。このころには多少VOCALOID調声もできるようになっていた。

9月:このブログが始まる
 最初はこんなにちゃんと続くとは思ってなかったです。このころはVOCALOID・UTAU・CeVIO以外の歌声合成もほとんど知らなかったので、別に書くこともないと思ってました。
 ボカロ部のほうではオリジナルのUTAU音源「会長ロイド」「Marine」を作成しました。6月ごろから録音を開始して8月ごろに配布動画を出しました。3月末から始めたUTAU音源制作ですが、このころにはCVVC切り出し済み連続音を作れるようになっていました。
 CeVIOを触りだしたのもこのころだったっポイです。このころいろいろありすぎて記憶が混濁しています。ダウンロード版のささらトーク&ソングスターターと、ONEを導入したようです。実は高校のときにFree版のCeVIOでトーク機能を使って遊んでたりもするので、実は最も長く使っているのはCeVIOだったりします。高校の終わりごろはフリーソフトをひたすら集めるのがシュミだったんですが、UTAUやCeVIOはフリーソフトの一ジャンルとして収集していたにすぎませんでした。
 初めて「その他歌声合成」の記事を書いたのが9月の18日だそうです。最初に出した記事ではAquestone2を取り上げています。

10月末:世界VOCALOID大会に出場
 大きめのイベントです。1日目は普通に盛大に楽しみました。部屋がデルタさんと同じでびっくりしました。「え? デルタさんてあのデルタさん!?」と。UTAU技術系の話でよく聞くあの有名な!?
 2日目の午前中が企画本番です。UTAU音源制作の基本的なところをまとめた企画だったんですが、UTAUの人だけでなくVOCCALOIDやSinsyの人々もいて人が会場にあふれるくらいだったのがとても良かったです。私が今こうして活動しているのも、この企画をきっかけとしてできた知識と人脈のおかげな部分がかなり大きいです。これやってなかったらたぶん今こんなに派手に活動していない。
 実はこの企画とほぼ同じ時間帯にボカロ部の作ったCDも頒布ブースのほうで頒布していました。無名の私がある程度の立場の安定性をアピールするために、ボカロ部の名前を借りる代わりにCD頒布をやることになったのです。一人で参加しているので、そっちの管理もすべて自分でやってます。気づいてないけどいつの間にか二人に分裂してたかもしれない。
 ブログの更新とTwitterでの発言はここを皮切りに多くなっていきます。それまではTwitterの楽しささっぱりわかってなかったので、一応アカウントは作っていたけど全く動かしていませんでした。

11月初め:早稲田ボカロ部突撃・楽器フェアに一般参加
 大学ボカロ部同士の交流はここから始まっていきました。世界大会に出た後、楽器フェア(後述)に参加するまでにちょっと余裕があったので、早稲田大学にあるボーカロイドファンクラブさんにアポを取って非公式交流をやりました。意見交換や愚痴の言い合いなど、楽しくお話しました。
 日本中から最新の楽器類が集まる「楽器フェア」というイベントがビックサイトであったので、参加しました。ありとあらゆる触ってもいい楽器を演奏しつくしました。迷惑だったのかもしれない。演奏した楽器はすべてレビューを「楽器タグ」で載せてあるので興味があったら見てください。10月5日に30回ブログ更新していますが、おそらくこれが今までで最も高頻度で更新した日ですね。

11月:初音ミクV4Xを買ったみたいです
 それまでにVY1を1月、鏡音V4Xを夏休み明け、kokoneがいつか忘れたくらいを買ってます。
 ミクを買って最初に投稿した動画は性転換亜種のミクオカバーでした。ここからVOCALOID性転換亜種の活動を始めます。それまでもやってはいたんですが、ここへ来てやっと投稿できるだけのクオリティーが出せるようになってきたのです。
 文化祭では軽音のほうで演奏したり、ボカロ部としてCDのマスタリングをしたりしてました。

12月:UTAU勉強会講師の話をいただく
 世界大会のおかげで、UTAU勉強会で講師役をしないかというお話をいただきました。

 このころは中の人のいないUTAU音源を錬成したりIRリバーブ用のIRデータを録ったりいろいろマッドな活動をしていました。マッドマッド言われてたのももう懐かしい話です。

2017年2月:Sharpkeyと出会う
 今ではすっかり日本のSharpkeyの人みたいになってますが、Sharpkeyを知ったのはこの時が初めて。リリース自体は9月ごろだったので数か月遅れで気づいてます。その他歌声合成の活動を活発に始めたのはこの辺からです。
 ただ、ここからしばらくブログの更新頻度は結構下がっています。たぶん普通にカバー曲を作って投稿するのが忙しかったからとかそういう理由だと思います。そんななかでも、発音や音素の話をたくさんしたり、UTAU向けの様々な素材を配布するようになってきました。

3年目(2017年)
 このころにはすっかり波に乗っています。UTAUオフ会で大阪に行った日にちょうど大阪市立大のボカロ部さんが学校のイベントに参加していたので顔を出したりしてました。北大ボカロ部さんもこのころに会ってます。
 ボカロ部での役職がないからこそめちゃくちゃ自由に活動できていたんですが、とうとうここで役職を持たされてしまいました。ゆうても補佐役だったので、有能な後輩君に丸投げしてました。

8月:UTAU録音リストを配布
 しました。あと、SinsyやRenoidも触り始めました。
 このころは、翌月に控えたUTAU勉強会の準備に追われていました。資料作成やボカロ部向け講座でのデモンストレーションなどいろいろやりながら。

9月:UTAUイベント・AVAさん突撃
 UTAU勉強会で講師として30分の超高速UTAU入門講座やりました。その時のPDFは今でもTwitterで探せば出てきます。動画付き。生放送講座にもかかわらず「一時停止推奨」レベルのスピード感。
 勉強会の翌日は君UTAの運営を臨時でお手伝いしました。運営側初挑戦です。設営をした後はサークル受付に座ってたんですが、UTAUの有名人が私をめがけて近寄ってくるのとても気分が良かったですね。サークル受付なので私めがけてじゃなくて受け付けめがけてですけどね。ちなみにこの時に頼まれたお使いの代金(300円行かないくらい)請求し忘れっぱなしです。
 この数日間は東京にいることがあらかじめわかっていたので、そこを狙ってVOCALOID LUMiを販売するAVAさんの事務所にアポを取ってお話しに行きました。ちょうどUTAUイベントとかボカロ部活動の後だったのでそこら辺の話を中心に、LUMiの規約がどうのとかそういうタイムリーな話題で盛り上がりました。

11月:UTAUを使う音楽の先生に突撃
 UTAUを使って授業を行う音楽科の先生がいるらしいということでお話しに行きました。日本の音楽教育とICTみたいな話もしながら、先生と出身地が町レベルで同じだったことが判明したりして楽しかったです。

 ここからはしばらくUTAUとSharpkey中心で活動していたみたいですね。その他歌声合成の記事も一気に増えてきていよいよ今の活動内容に近くなってきました。
 「大学ボカロ部事情2017」という記事を出して、そこそこウケました。

3月:CeVIO FeSTAにサークル参加
 サークル参加は初めてです。一般→運営(仮)→サークルという順番でイベントに参加することになったので、当日の動きが完璧にわかった状態で動くことができたのはとても良かった。後輩たちと作ったCeVIO中心のDVDは割と早い段階で売り切れてくれて、売り上げでしゃぶしゃぶ喰いました。ありがとうございます。スケジュールも常に数か月余裕がある状態をキープできたのでマジ有能。

4年目(2018年)
 大学院に行く気満々だったので、就活なんざさぁーーっぱりやらないまま4年生になりました。

4月末・5月:UTAU用録音リスト「36モーラリスト」を出す
 UTAU界隈でちょっとしたムーブメントを起こした36モーラリストはここで登場します。もっと前からリスト自体はなんとなく考えてたんですが、ちょっと話題を出したらウケが良かったのでリリースしました。人体に悪影響を及ぼすレベルのリストなのに関わらず、UTAUの人々は目を輝かせて挑戦して来るのでヤベェと思いました。
 VTuberが年末ごろから日の目を浴びるようになってきたのでそういうところに向けた記事も増えてきます。

5月末・6月:大学ボカロ部が急増する
 なぜか大学ボカロ部が一気に増えだしました。大学ボカロ部事情の記事も見てもらえて、参考になったなら良かったです。2016年の秋に私が歩き出してから、だんだん大学ボカロ部が増えて、つながって、大きくなっていくのはちょっと意外な展開でした。こんなに増えてつながるとは思ってなかった。大きくなっていった部分に関しては私の活動ではないですが、ちょっと親みたいな面をしてしまいます。

9月:VR関連記事連投
 VR関連が盛り上がってきてフリーソフトもそれなりに出てきていたのですが、あまりにもドキュメントがなく、欲しい情報が見つからなかったので、12時間書き続けて一気に10以上の記事をUPしました。機材はパソコンサークルの設備です。伏線回収。

9月末:Sharpkey用音源「稲荷(Inari)」を公開
 何か月かかけて制作を指揮していたSharpkey版イナリが完成しました。日中の人々と協力しながらときには日本語、ときには英語、そしてほんのちょっとの中国語を使うようになり、そこそこ鍛えられました。割と精神を削りながらやりましたが、達成感は大きい。

 学校のほうはというと、着々と卒論を進めつつ、ここで急に進路転換をして、やっと就活を始めます。就活始めるといっても、ESを2件送っただけで、面接対策も企業調査も一切やりませんでした。乗り遅れが半端じゃない。しばらくは面接や実技試験をうけてました。歌声合成の活動をしててよかったと思うのは、すでにいろんな偉い人々と対談したり壇上で講演をしたり、こうして記事を書いたりしていたので、面接でかけらも緊張せずに済み、実技試験も素で受けて一応の技能はクリアできたことでしょうか。

11月:コラボ放送
 大学ボカロ部座談会でしゃべったり、VTuberさんとコラボしたりと、よくいろんな人としゃべるようになります。
 最後の文化祭もいつも通り、軽音で演奏し、パソコンサークルでVRセッティングをし、ボカロ部でだべるだけ。一番落ち着いてたかもしれません。

12月:大学ボカロ部合同勉強会
 集大成というわけでもないですが、全国の(主に関西の)大学ボカロ部を集めて合同で勉強会をやりました。くろ州初の主催です。できて日の浅いボカロ部をフォローアップし、界隈の維持・活性化につながったのなら良かったです。

 その後、歌声合成総合ブログになったこのサイトでトピックを拾いつつ過ごしていましたが、2月12日になってやっと就職先が決まりました。編集記者です。これまでの経験がとても役に立ちました。そして、卒業が決まったのが3月8日。これでもう完璧に進路を決めることができました。急いで契約変更したり部屋探したり引っ越し準備したりしている最中です。

 こうしてみてみると、結構余裕をもって大学生活を送りながら、いろんな分野でいろいろなことをやりすぎて、今こうやってまとめようと思ってもまとめきれません。雑多ですね。

 最もありがたいポイントは「人に恵まれた」というところでしょうか。世界大会や勉強会をはじめとしたイベントでの縁と、全国のボカロ部での縁。きれいごとではなく、実感として強くあります。歩き回った甲斐がありました。おかげさまで充実した大学生活も終わり、春からは東京で新社会人を始めます。うまくいくかはまだわからないですが、これからも応援御願い申し上げます。
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くろ州の合成音声備忘録


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